プリンス―プリンセス―プライスレス
みなさんは人生の中でお姫様、王子様という立場に憧れたことはあるだろうか。存在自体がきらびやかかつ品があり、クラシカルな装いがぴったりで、立ち居振る舞いが美しい人々。そんなイメージだろうか。好きな芸能人に王子様やお姫様の偶像をみる人も居るだろう。また、夜の世界ではホストのことを王子、客の女性のことを姫と呼ぶこともあるらしい。オタサーの姫などという言葉も存在する。
『白雪姫』、『眠りの森の姫』、『人魚姫』、『シンデレラ』…。童話の中に出てくる王子様とお姫様はみんな若い。小さい頃絵本をたくさん読んだけれども、年をとった王子様やお姫様はいなかった。王子様やお姫様という呼び名は、若い人の専売特許なのだろうか?
三島由紀夫の『スタア』という短編がある。この作品の主人公は若い銀幕のスターであり、世間からは王子様扱いされている。しかし、彼はスターを演じることでくたびれていて、現在の若い王子様の状態から変化することを極度に恐れている。歳を重ねることを罪だと考え、鏡越しに見た中年俳優のメーク前の顔を見て絶望する。しかしながら、彼の附人の中年であまり美人とは言えない女だけは、主人公がいくら歳をとろうがきれいな王子様と呼ぶことを誓う。三島由紀夫の作品では老いることに対する恐怖が描かれていることが多いと思う。三島は惜しくも亡くなってしまったけれども、『スタア』の主人公は附人の女のおかげで死なずに、物語の中で生き続けたかもしれない。この作品中では、所謂王子様と呼ばれる人が常に抱えている苦悩が描かれている。
最近、バルセロナの図書館が、眠りの森の姫や赤ずきんちゃんなどの童話をステレオタイプなジェンダー描写があるため、「有害な」図書とみなして排除する、というニュースを目にした。(https://www.newsweek.com/little-red-riding-hood-banned-school-over-sexism-concerns-1393134)。だけど私は、お伽噺はお伽噺として扱ってもよいと考える立場である。ディズニーをはじめとして、それらを題材にした様々な芸術作品が人々の心を楽しませてきたことも事実だ。古い童話たちも残しつつ、現代らしい童話をまた作っていったら良いのではないか。
女性らしさ、男性らしさを議論にするなら、『セーラームーン』や『プリキュア』がいい例だ。普段はかわいらしい女子学生でありながら、悪党達に勇敢に立ち向かう。そして、昨年『HUGっと!プリキュア』では初めて男の子のプリキュアも登場し、話題となった。戦う女の子・プリキュアの伝統は守りつつも、時代を上手く反映していくプリキュアは、現代のお伽噺かもしれない。また、昔見たセーラームーンの戦闘シーンはかなり過激で、仲間を失った主人公の月野うさぎが震えながら傷だらけで戦うシーンに感動したことは、今でも覚えている。彼女らはかわいくて、かっこいい。お姫様であり、王子様なのだ。