渡さない手紙のすすめ
どんどん人は手紙を書かなくなってきていると言われる。年賀状を出す人も減ってきているし、ラブレターが小説や漫画の小道具として利用される場面もあまり見なくなっている。しかしながら、こんな時代にこそ、私は手紙を書くことをおすすめしたい。それは、相手に渡さないことを前提とした手紙である。
特にラブレターにおいて、渡さない手紙は有益である。なぜならば、感謝の気持ちを伝える手紙などは誰から貰っても嬉しいものであるが、ラブレターは大抵両想いである場合にしか役立たない。(もしかしたら手紙に慣れない若い世代にはインパクトがあるのかもしれない)そのため、渡さない手紙の純粋な効果を、最もよく抽出できると考えられる。
渡すことが前提のラブレターは、非常に気を使う。同じような内容を繰り返していないかとか、気持ち悪い表現を使っていないかとか、分量はどのくらいがちょうどよいのかとか、このときだけは研究者のように緻密さにこだわる。しかし、渡さないことが決まっている手紙には、神経質にならず、幾らでも本当の気持ちを書いてよいのである。もし現在あなたに想い人がいれば、文の整い方なども一切考えずに、思い切り相手への気持ちをぶつけた文章を書いてみてほしい。そして、書き終えて自分の書いたものを読んでみると、押しつけがましさにびっくりすると思う。大抵、生のままの想いというものは、さまざまな規範に慣れ切った私たちにとってはきついものだ。そこは、思いやりというフィルターを通さないと、見られたものにはならない。一方、生のままの想いのおぞましさに気づくことで、好きな人への振る舞いを見直し、進行中の恋愛がうまくいく可能性を高めることができるかもしれないのである。むきだしの思いの丈を見て、これは舌を巻くほど素晴らしい文章だ、ここまでの気持ちならば絶対に相手も振り向いてくれるだろう、なんて思う人は真正のナルシストだろう。
三島由紀夫の『美徳のよろめき』では、主人公の節子が、別れた間男に長文の手紙を書き、結局出さずに捨ててしまう場面がある。その内容は許されない恋の相手ということを抜きにしても生々しく、受け取った相手は引いてしまうようなものである。おそらく最初から渡さないつもりだったからこそ、このような仕上がりになったのだと思っている。
そういえば、葉っぱの中に卵を包むオトシブミという昆虫がいるが、この可愛い自然のお手紙も、中の幼虫が育つためには、決して開かれてはいけない。そう考えると、必ず手紙というものは見られることが正しいのではないと思うのである。
二十六時の恋愛欲
ちょうど元号も変わったばかりということで、初回はちょっと近未来を意識した内容にしたいと思う。ちなみにこのブログは、恋愛について分野を問わず、様々な視点から分析していくことを目的としている。ときどき話が本論からずれることもあるかもしれないが、そこはご愛嬌としてご容赦いただきたい。
さて、現在は第3次AIブームと言われているが、おそらく第1次、第2次のときより、専門外の人々の間でも盛り上がっているのだと思う。AIという言葉は聞かない日がないくらいだし、最早AIは一般常識のように扱われている。もちろん日々の業務を置き換えるという意味でのAIも重要であるが、一番興味を引くのはアンドロイドだろう。そして、人間そっくりではあるが人間ではない、アンドロイドとの恋愛に興味を抱く人も多いのではないだろうか。有名なロボット学者である、大阪大学の石黒先生が開発したアンドロイドルを見て可能性を感じた人も中にはいるかもしれない。今回はアンドロイドを含めた、人型の人ではないものを、人造人間という言葉で括って話を進める。
我が国で、人造人間が扱われた有名な小説に、海野十三の『十八時の音楽浴』がある。アネットという名前の女人造人間に、バラという女研究員が恋をし、彼女のために自らの性別を男に変えてしまうという様子が描かれている。しかし、アネットはただニコニコと高度な仕事をこなすのみで、バラと気持ちが通うことはなく、恋は悲劇的な結末を迎える。この儚い恋は作品の主題ではないとは思うが、恋愛とは何か、という問いについてよく考えさせてくれる。同性愛、性転換、人造人間への恋といった恋愛において現在でも議論となりがちな難しい要素がさらりと織り込まれていて、八十年以上も前の作品でありながら新しさが感じられる作品だと思う。
人造人間は人間との恋愛においては、純粋さが強調されると感じる。例えば、手塚治虫の漫画『ブラックジャック』に出てくるピノコが不器用ながらも健気にブラックジャックに想いを寄せる様子は非常に愛らしい。人造人間は人型でありつつも、異種の存在であることによって、人間の醜い感情が除外されたものとして見ることが可能なのかもしれない。確かに、我々は身近なペットの犬や猫の行動に対して、こいつは自分に対して悪意がある!と思うことはないであろう。ピノコとブラックジャックの場合は、ハッピーな例だ。しかしながら、『シザーハンズ』のように、バッドに終わる例もある。ハサミの手をもったエドワードは、非常に純粋な心を持ちながらも、運に恵まれず、最終的に想い人と二度と会えなくなってしまう。だが、二人が相手を想う気持ちはずっと変わらなかったという点では、エドワードは幸せだったのかもしれない。
ここで、本日のテーマにまつわる曲をひとつ紹介しよう。Perfumeが歌う『セラミックガール』は恋するアンドロイドの純粋さと可愛らしさを最高に表現した曲である。ぜひ聴いてみてほしい。
人のようで人でない存在、人造人間。彼らと恋ができるようになる歴史的瞬間に、少しのおそれを抱きつつも、立ち会ってみたい気持ちが隠せないのである。